PART1
(1868〜1910)
PART2
(1910〜1945)
PART3
(1945〜1965)
PART4
(1965〜1980)
PART5
(1980〜現在)
[在日韓国・朝鮮人の歴史] [韓国歴代大統領]


韓国・朝鮮の近現代史 PART5(1980〜現在)

※ (数字)付きの語句には、下部に 注釈 があります。
1980(昭和55)年 光州事件
1983( 〃 58)年9月 領空侵犯の大韓航空機をソ連が撃墜
1983( 〃 58)年10月 ラングーン爆弾テロ事件(韓国閣僚ら爆死)
1984( 〃 59)年5月 北朝鮮の金日成主席、訪ソ
1984( 〃 59)年9月 全斗煥大統領訪日
1985( 〃 60)年5月 南北経済会談開催
1986( 〃 61)年9〜10月 ソウルでアジア競技大会
1987( 〃 62)年11月 大韓航空機爆破事件(1)
1987( 〃 62)年12月 大統領直接選挙、盧泰愚当選
1988( 〃63)年9月 ソウルオリンピック大会
1990(平成2)年9月 韓国、ソ連と国交樹立
1991( 〃 3)年1月 海部首相訪韓
1991( 〃 3)年1月 日朝国交正常化交渉開始
1991( 〃 3)年9月 韓国・北朝鮮、国連に同時加盟
1992( 〃 4)年8月 韓国、中国と国交樹立動
1993( 〃 5)年2月 韓国、金泳三大統領就任
1993( 〃 5)年10月 IAEA(国際原子力機関)が北朝鮮に査察要求
1994( 〃 6)年6月 北朝鮮、IAEA脱退を声明
1994( 〃 6)年7月 金日成主席死去
1995( 〃 7)年6月 南北コメ協議で合意
1995( 〃 7)年11月 韓国、国連非常任理事国に初選出
1995( 〃 7)年12月 日米韓のKEDOと北朝鮮が軽水炉協定
1997( 〃 9)年10月 北朝鮮、金正日、党総書記就任
1997( 〃 9)年11月 韓国、IMF危機(2)
1997( 〃 9)年12月 北朝鮮の食糧難続く
1997( 〃 9)年12月 朝鮮半島和平の韓国・北朝鮮・中国・米国による四者会談スタート
1997( 〃 9)年12月 韓国、金大中大統領当選
1998( 〃10)年2月 金大中大統領就任
1998( 〃10)年8月 北朝鮮、太平洋にミサイル発射(3)。人工衛星と発表
1998( 〃10)年9月 北朝鮮、金正日、国家最高位につく
2000(平成12)年6月 平壌で南北首脳会談(4)。南北共同宣言発表
2002( 〃 14)年5月 日韓共催ワールドカップ
2002( 〃 14)年9月 日朝首脳会談(5)
2002( 〃 14)年9月 釜山でアジア競技大会
2002( 〃 14)年12月 韓国、盧武鉉当選


重要語句補足

(1) 1987年11月29日、ソウル五輪妨害の目的で北朝鮮が差し向けた工作員・蜂谷真由美こと金賢姫らは中東から韓国へ向かう大韓航空858便に爆弾を仕掛ける。脱出したがバーレーンで正体を見破られた。死者は115名だった。この事件の犯人である金賢姫は拉致された日本人によって日本語を教わったと証言し、北朝鮮の拉致疑惑が発覚した。


(2) タイの通貨危機の影響がアジア全般に通貨不安を招き、98年に経済成長率がマイナス6.7%に陥り、IMFへの資金導入を求めた。これにより、ガバナンスのない財閥をIMFは強く問題視し、金融改革、破綻財閥の不良債権処理をセットにした構造調整を指導した。


(3) 北朝鮮から発射されたテポドン(二段式の中・長距離弾道ミサイル)が日本上空を飛び三陸沖の太平洋に着弾した事件。


(4) 史上初めて韓国の大統領として金大中氏が平壌市内の百花園迎賓館で金正日労働党総書記との第一回目の首脳会談に臨んだ。この会談で南北共同宣言に両者が調印した。共同宣言は

  1. 統一問題を自主的に解決する
  2. 統一のため南側が提唱してきた 連合制案と北側の連邦制案の間に共通性があることを認め、この方向で統一を目指す
  3. 8月15日ごろに離散家族の親せき訪問団を交換するなど、人道的問題を速やかに遂げる
  4. 経済協力を通じ民族経済を発展させ、社会や文化、体育などの分野の協力と交流を活性化し、相互信頼を固める
  5. 合意事項を速やかに実行するため早期に当局間の対話を開く――と明記した。

(5) 日朝の首脳同士が初めて会談をした。この歴史的な会談によって金正日総書記は国家機関が日本人を拉致したことを認め北朝鮮側には5名が生存し、8名が死亡としたと伝えられた。日朝両国の首脳は今回の会談で、国交正常化に向けた交渉の再開に合意した。また、両首脳の署名による「日朝平壌宣言」が発表された。「平壌宣言」では、「日朝間の不幸な過去を清算し、懸案事項を解決し、実りある政治、経済、文化的関係を樹立することが、双方の基本利益に合致するとともに、地域の平和と安定に大きく寄与するものとなる」との認識のもとに、2002年10月から国交正常化交渉を再開する」という内容のほかに、日本の過去の植民地支配への謝罪の内容も盛り込まれていた。日朝関係の改善と国交正常化は、日朝間はもとより、朝鮮半島の緊張緩和と北東アジアの平和と安定に深くかかわる問題である。北朝鮮拉致問題の発覚によって、日本の朝鮮学校の児童が暴行にあうという事件もおきた。