PART1
(1868〜1910)
PART2
(1910〜1945)
PART3
(1945〜1965)
PART4
(1965〜1980)
PART5
(1980〜現在)
[在日韓国・朝鮮人の歴史] [韓国歴代大統領]


在日韓国・朝鮮人の歴史

※ (数字)付きの語句には、下部に 注釈 があります。
1919(大正 8)年 渡航調節制度
1922( 〃 11)年 渡航調節制度廃止→自由渡航制度へ
1923( 〃 12)年 関東大震災(1)
1925( 〃 14)年 再び渡航制限制度実施
1938(昭和13)年 志願兵制公布
1939( 〃 14)年 創始改名(2) 国民動員計画
1940( 〃 15)年 国家総動員法
1942( 〃 17)年 朝鮮徴用令。朝鮮語学会弾圧
1944( 〃 19)年 朝鮮徴兵令
1945( 〃 20)年 日本敗戦→朝鮮人の参政権停止
1946( 〃 21)年 在日朝鮮居留民団結成
1947( 〃 22)年 日本国憲法施行→最後の「勅令」である外国人登録令を公布
1948( 〃 23)年 民族学校閉鎖反対闘争(阪神教育闘争)
1948( 〃 23)年8/15 大韓民国樹立
1948( 〃 23)年9/9 朝鮮民主主義人民共和国樹立
1950( 〃 25)年 朝鮮戦争勃発
1951( 〃 26)年 出入国管理令施行(適用停止)
1952( 〃 27)年 日本独立(サンフランシスコ講和条約)→外国人登録法(3)施行
1953( 〃 28)年 朝鮮戦争休戦
1955( 〃 30)年 在日朝鮮人総連合会結成。指紋制度(4)実施
1959( 〃 34)年 北朝鮮への帰国運動開始
1964( 〃 39)年 東京オリンピック
1965( 〃 40)年 日韓条約締結、文部次官通達
1966( 〃 41)年 協定永住実施(1971まで)
1970( 〃 45)年 日立就職差別糾弾闘争(〜74)
1975( 〃 50)年 各地で行政差別撤廃闘争が展開
1979( 〃 54)年 国際人権規約発行
1980( 〃 55)年 指紋押捺拒否運動始まる
1982( 〃 57)年 難民条約発効
1985( 〃 60)年 国籍法改定(外国姓を戸籍の氏とすることができるようになった)
1987( 〃 62)年 帰化韓国人の復姓(民族名)許可
1989( 〃 64)年 指紋裁判に大赦令。雇用者罰則制度(就労資格証明)
2000(平成12)年 指紋制度改定


重要語句補足

(1) 関東大震災 地震と火災で数百万人が街頭に放り出され、死者・負傷者が続出した。このとき、朝鮮人が暴動を起こしたとか、井戸に毒を投げ入れて日本人を殺そうとしているといったようなうわさが広まった。これはまったく根拠がなく、デマ・流言であった。日本政府は軍隊を出して警戒を厳しくすると同時に、「朝鮮人暴動」のうわさがデマであることを知りながら、それをはっきりと打ち消さず、かえって、そのデマを助長し、軍隊・警察が一体となって多数の朝鮮人を逮捕し殺害しました。それに煽られ一般の日本人も自警団を各地で組織し、見境もなく朝鮮人たちを虐殺しました。在日朝鮮人の人口が当時約8万人で、関東圏に住んでいた人々は約1万5千〜6千人で、不十分な調査でも6600あまりの朝鮮人の死亡が確認されている。つまり、関東圏の在日朝鮮人の半分が殺されたことになります。


(2) 創始改名 皇民化政策の一環。朝鮮人固有の姓名を廃止して日本人式の氏を創設し、名も日本人式に改めさせた。1939年11月に公布され、翌年2月に施行された。人の名前のつけ方というものは世界の国々で独自のルールがあるものである。日本が実施した「創始改名」は、朝鮮のネーミングの独自の仕組みを日本の方式に変えてしまうところに本質があった。朝鮮の人々はもちろんこの法律が公布されたときもずっと反対をし続けましたが、朝鮮総督府による卑劣な手段(日常生活ができないような状態にする手段)によって、無理やり変えさせられた。陸軍志願兵制度、第三次朝鮮教育令、創始改名の三つは、「皇民化政策」(同化政策の極限として民族性を徹底的に抹殺し、天皇のために身も心も投げ出して尽くす朝鮮人をつくりあげる為の政策)の三本柱の一つであった。


(3) 外国人登録法 1952年の外国人登録法によって在日朝鮮人、 台湾人の日本国籍が無理やり(日本籍をとるか、自国の国籍をとるかは選べない)剥奪された。 また、戦争に借り出された朝鮮の人々に対する軍人恩給、遺族年金などの戦時補償法令の適用を受けられない。 しかし、戦死者は靖国神社に合祀されるというものだった。 このことがあるため、戦犯者と戦死者が一緒に奉られている靖国神社が問題となるのである。


(4) 指紋制度 日本に住む外国人全員に対して犯罪を犯してもいないのに指紋を採り、拒否者は逮捕された。しかし、1980年、新宿在住の韓さんが指紋押捺拒否をしそれが全国に広がった。このとき日本市民も応援した。またコンピュータが導入され1990年代にはキャッシュカードくらいの大きさのカードになった。1988年には指紋採取は一回だけとなり、2000年にやっと、非永住者にも指紋押捺が廃止され、署名、家族登録制になった。


(5) 最後に在日朝鮮人、韓国人という言葉に対して  在日朝鮮人、在日韓国人という言葉があるが、 1965年に韓国と日本の間で国交が回復されたときに、 どちらの籍を取るか選ぶ必要があった。 もともと南に住んでいた人々は韓国籍を選んだし、 社会主義が嫌だった人々の中にも韓国籍を選ぶ人がいた。 しかし、祖国が統一するまでは朝鮮(この意味は北朝鮮ではなく分断される前の朝鮮のこと)籍でいる、 韓国の軍国主義に反対する人、社会主義を信じる人々などが朝鮮籍のまま残った。 つまり、在日朝鮮人と呼ばれる人々の朝鮮という言葉は北朝鮮ではないので、 国籍は無いということになる。朝鮮籍というのは記号であって国籍ではないのである。 この人々は日本と北朝鮮の間で国交が結ばれたとき、本当の意味で無国籍となってしまうのである。



参考文献 山川出版「世界史B用語集」
中塚明「日本と韓国・朝鮮の歴史」